吉目木 晴彦の「一枚の写真から」
第六回「海のほとり」
私の生まれ故郷は小田原です。海のそばに住んでいました。
すぐ近くに、石垣を組んだ防波堤が続いていて、堤の上は松林になっていました。
朝には、よく山鳩の啼く声が聞こえました。昭和30年代だったでしょうか、子供の頃のごく曖昧な記憶なのですが、海外で起きた地震のため津波が来るかもしれないと、避難用のリュックサックを枕元に置いて寝かされた記憶があります。
波が高く、子供が泳げる海ではありませんでしたが、毎日、海岸の砂浜で遊んだものでした。今は西湘バイパスが通っているところです。
日本の美しい海辺の町の一つに、山口県の萩があります。
萩港に連なる菊ケ浜は、船着きの石組みを洗う波の音が聞き分けられるほど、しんとして静かな場所です。強い陽射しの下、遠浅の海に入ると、白砂に映る自分の影が水底で揺れていました。
泳ぎ去る小魚が陽炎のように視界をかすめます。背後の木立から蝉時雨が風に運ばれて来ます。ukyoさんが送ってくださった南の島の写真を見て、数年前に訪れた、あの海を思い出しました。写真は、他の人の記憶に働きかける力も持っているのですね。
菊ケ浜の西には指月山が臨まれ、その手前に萩城跡があります。萩城は今は石垣と堀だけが残り、緑深い木々におおわれた小山になっています。明治7年に解体されたそうですが、解体前の写真が残っています。
それを見ると、華麗と言うよりもむしろ、人が生活し、働いていた場所らしく雑然としながら、活力が感じられる巨大な砦のような印象でした。今は人影のない静かな林と、遊歩道が残っています。木陰を歩いていると、かつてここが多くの侍達で栄えた場所だというのが、不思議に感じられるほどです。
萩を訪れた時、何だか懐かしい感じがしました。海に面した城下町というだけでなく、大都市にはない落ち着きのある町という点で、小田原と共通点があったように思います。
同じ顔触れが長く住み、おたがいの親や、祖父母まで、よく知っている町。そのころから変わらない海のたたずまい。子供の頃からの記憶を共有できる土地。
ukyoさんが行かれた南の島はどんなところだったのでしょうか。その島にはどんな人達が住んでいたのでしょうか。
今年の夏もまた、良い思い出ができますように。
